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名古屋高等裁判所 昭和52年(行コ)10号 判決

控訴人 橋元幸平

被控訴人 中川税務署長

代理人 細井淳久 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  (控訴人主張にかかる事実について)

(一)  控訴人は、遊戯場(パチンコ店)を経営していたが、昭和四六年分の所得税について、法定申告期限内に別紙(一)「課税経過表」の確定申告欄記載のとおり被控訴人に対し確定申告をし、次いで昭和四七年三月三一日同表修正申告欄記載のとおり修正申告をした。

(二)  被控訴人は、昭和四八年三月九日付で同表更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(三)  控訴人は、同年四月一八日付で被控訴人に対し右各処分について異議申立をしたところ、被控訴人は同年七月一七日付で右各処分の一部を取り消す旨の決定をした。その異議決定後の処分の内容は同表異議決定欄記載のとおりである。

(四)  控訴人は、右異議決定後の前記処分について、同年八月八日付をもつて国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五〇年三月七日更正処分に対する審査請求を棄却し、過少申告加算税賦課決定処分の一部を取り消し、これを一四万八〇〇〇円とする旨の裁決をし、右裁決書の謄本は同月一五日付書面をもつて通知され、同月二〇日控訴人に送達された。

2  (被控訴人主張にかかる事実について)

(一)  (本件営業補償の原因)

控訴人は、名古屋市港区浜一丁目一〇八番の宅地のうち四七六・〇二平方メートルを賃借し、その地上に木造瓦葺二階建店舗一棟延床面積七四〇・四二平方メートル(以下本件建物という。)を所有し、パチンコ店を営んでいた。名古屋市は、都市計画事業(広路五号江川線)の用地として、地主から右借地の一部を買収し、控訴人に対しその部分の土地上に存在する本件建物の一部(以下本件建物部分という。)の移転を求めることになり、控訴人との間に、昭和四六年九月二七日補償金を三四〇七万一三〇〇円とする本件建物部分の移転契約を締結し、控訴人は名古屋市から右金員の支払を受けた。右補償金の内訳は別紙(二)「補償金等明細表」のとおりであり、そのうち営業補償金は二六五一万四五〇〇円である。

(二)  (本件営業補償金の算定根拠)

その算定は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日閣議決定)、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」第一(同月二九日閣議了解)、名古屋市土木局の公共用地取得等に伴う損失補償基準(昭和三九年四月一日同局長通達)、同細則(同日同局長通達)の定めに従つてなされたものである。右補償基準によれば、営業補償としては、営業廃止の補償、営業休止の補償、及び営業規模縮小の補償の三種類が規定されており、名古屋市は控訴人との補償交渉の結果、本件建物については改造工法により従前の営業機能が維持できるとの判断から、営業補償を営業休止の補償に該当するものと認定した。

そして、通常休業を必要とする期間は、前記細則第二〇において「各移転工法別の建物等の工事期間に前後の準備期間を加えた期間とし、通常の木造建物の場合は、曳家工法に二か月、移築工法においては四か月を標準とし、耐火建築又は構造の複雑な建物、規模の大きな建物等又は移転期間の長いものにあつてはその実情に応じて定める。」旨規定しているので、名古屋市は、本件の場合、通常休業を必要とする期間すなわち本件建物を改造する期間という見方をし、改造工法により右建物を改造するために要する期間を四か月と認定した。

ところで、名古屋市の取扱いとしては、営業補償金を算出するための基礎資料として、個人の場合、通常所轄税務署長に提出された所得税の確定申告書の写で税務署の受付印があるものの提出を求めることにしていたが、本件においても、控訴人から提出された同申告書によつて補償金の算定をしたところ、控訴人の要求額とはおよそ著しい懸隔の差があつた。そこで、控訴人に他の資料を提出するよう指導をしたところ、控訴人から税理士奥谷吉助の署名押印のある昭和四五年一月一日から同年一〇月三一日までの期間についての「営業決算調書」と題する書面が提出された。これによれば、その一〇か月間の営業利益は三四四五万五〇七〇円、支払給料二一八九万一八五〇円、固定経費は五七〇万四四〇〇円と計算されている。

右資料を基礎にし、前記各基準に基づいて算出すると、四か月間の営業補償金額は合計二六五一万四五〇〇円となり、その内訳は次のとおりである。

(1) 固定経費   二二八万一七〇〇円(五七〇万四四〇〇円×1/10×四か月)

(2) 休業補償   一三七八万二〇〇〇円(三四四五万五〇七〇円×1/10×四か月)

(3) 得意喪失補償 三四四万五五〇〇円(三四四五万五〇七〇円×1/10×一か月)

(4) 給料補償   七〇〇万五三〇〇円(二一八九万一八五〇円×1/10×〇・八×四か月)

(三)  (本件事業所得金額の算定根拠)

(1) (収入金額二二五七万二九六二円)

本件営業補償金二六五一万四五〇〇円は、所得税法施行令(昭和四八年政令五三号による改正前のもの)九四条二号の「当該業務の全部……の休止……により当該業務の収益の補償として取得する補償金…」に該当するもので、事業所得の収入金額とされるべきものであるが、本件においては、控訴人は本件建物部分を取り壊したので、被控訴人は「租税特別措置法(山林所得、譲渡所得関係)の取扱について」と題する昭和四六年八月二六日付国税庁長官通達三三―一一により、本件建物等の対価補償金が建物等の再取得価額に満たない金額三九四万一五三八円を建物の対価補償金と認定し、これを収入金額算定にあたり本件営業補償金額から控除した。これにより営業補償金中事業所得の収入金額に算入される金額は、前記のとおりとなる。

(2) 必要経費 六四二万〇八六九円

右収入金額に対応する現実の必要経費である。

(3) 事業所得 一六一五万二〇九三円

右(1)から右(2)を控除した金額である。

以上の計算過程は別紙(三)のとおりである。

二  叙上のとおり名古屋市は改造工法に伴う営業休止による四か月間の補償期間を前提とし、営業補償金二六五一万四五〇〇円を認定したが、控訴人は、本件建物部分の移転契約の締結にあたり、右営業補償金を含む補償金の総額三四〇七万一三〇〇円について承諾しただけであつて、各補償項目については承認しなかつたのであり、とくに営業補償については、本件建物部分の切取りに伴う営業規模縮小による補償期間五年以上を前提とする補償がなされるべきものであり、前記の営業補償金二六五一万四五〇〇円は実質上かかる期間の事業所得の補償として受ける補償金であるから、これにかかる所得は臨時所得として取り扱われるべきであると主張している。

そこで本件更正処分の適否を判断するにあたり、右補償金にかかる所得が所得税法二条一項二四号、同法施行令(昭和四八年政令五三号による改正前のもの)八条三号に規定する臨時所得に該当するか否かについて考察するに、<証拠略>並びに弁論の全趣旨によると、本件建物の床面積は一階四五二・五六平方メートル、二階二八七・八四平方メートルであつたこと、このうち都市計画事業の用地上に存在する本件建物部分は、その東側の平家建部分(店舗の表入口側部分)の六六・一一平方メートルであつたこと、控訴人は昭和四五年ころから名古屋市との間において、本件建物部分についての移転交渉を始めたこと、当初控訴人は本件建物部分の切取補修工法に伴う営業規模縮小による三年ないし一〇年間の営業補償金を含む総補償金三五〇〇万円の支払を要求したこと、これに対し名古屋市は前記の補償基準、同細則等によると、補償期間は改造工法による四か月間ないし切取補修工法(営業規模縮小)による二か年間以内であり、本件建物部分については、いかなる移転工法をとつたとしても、控訴人申出の三年ないし一〇年間の補償期間を基準として補償することはできないと回答し、両者の見解は平行線をたどつたこと、前記一のとおり過去の営業利益を証明する資料として所得税の確定申告書の写が提出されたが、控訴人の申告所得額は昭和四四年分二二〇万円余、昭和四五年分七〇〇万円余であつたこと、名古屋市は控訴人に対し昭和四六年八月ころ右各所得金額を資料としては控訴人の要求する補償金額を算出できないが、それが証明できると仮定すれば、補償項目は切取補修工法によるものとして、別紙(四)の補償金支払案明細表のとおりになる旨を伝えたこと、しかし控訴人は同表記載の規模縮小補償費のうち数百万円を建物補償費に組み替えてほしいとの意見を述べたこと、ところで名古屋市は控訴人に対し先ず、真実の所得金額が右確定申告所得金額を超えることを証明する資料の提出を促すとともに、同市役所土木局備付け営業決算調書用紙を交付し、その所定欄に、売上高、仕入高、売上総利益、一般管理費、営業利益等を記入して提出するように求めたこと、そのころ控訴人から右調書用紙に記入を依頼された税理士奥谷吉助は控訴人に会計帳簿等の書類の呈示を求めたが、控訴人からなにも存在しないので、昭和四五年一月一日から同年一〇月三一日までの営業利益が約三五〇〇万円になるように、控訴人の営業規模に応じて割り振つた金額を同調書用紙の所定欄に記入してくれるように依頼され、ほぼ控訴人の意向とおりに、売上高二億一〇四六万四二〇〇円、仕入高一億四二二七万八〇三〇円、売上総利益六八一八万六一七〇円と記入し、一般管理費についても一六科目にわたつて記入し、営業利益三四四五万五〇七〇円と記入したこと、右調書の提出を受けた名古屋市は、控訴人がその記入金額を証明する資料を持参せず、かつ前記都市計画事業が国の補助事業でもあつた関係上、奥谷税理士から右調書の裏面に「本人の携行した資料により計算した結果表面の通りの収支になつたことを証します。」との証明文を徴したこと、名古屋市は右記載の金額について、さらにその真偽を調査することなく、それを真実なものと前提し、これに控訴人の要求する補償金額、本件建物の状況等を勘案し、切取補修工法に伴う営業規模縮小による営業補償よりも、本件建物部分を切り取り、本件建物を総二階建に改造するところの改造工法に伴う営業休止による営業補償の方が適切妥当であると認定して、前記一の2の(二)の(1)ないし(4)のとおりの営業補償として休業補償一六〇六万三七〇〇円(ただし同(1)の固定経費と同(2)の休業補償を合算したもの)、得意喪失補償三四四万五五〇〇円、給料補償七〇〇万五三〇〇円等とする建物工作物調書を作成したこと、本件移転契約を締結したとき、名古屋市は控訴人に対し、営業補償内訳は右のとおりであることを告げたこと、補償期間三年ないし一〇年を主張してきた控訴人は、右契約の締結にあたり、改めて補償期間を問題とせずに、右契約の締結を承諾したこと、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する原審における控訴本人の供述部分は措信できず、そのほかに右認定を動かすに足りる的確な証拠はない。

そこで考えてみるに、前記認定によると、昭和四五年分の申告所得額が七〇〇万円余であり、しかも本件建物部分の切取りのために取り外されるパチンコ機械台数が全体の約一八・九パーセントで、かつ本件建物の一階部分の床面積のうち本件建物部分の占める割合が約一四・六パーセントであることは計数上明らかであるにもかかわらず、控訴人が前記のとおり三年ないし一〇年の間の営業規模縮小による営業補償金として三五〇〇万円を要求していたことからみると、昭和四五年前後における控訴人の営業利益が真実約七〇〇万円であつたと認めることについては過少であるとの疑があり、さりとて前記調書記載のとおりの営業利益があつたものと認めることについも全く疑がないわけではない。しかしながら本件に顕われた全証拠資料をもつてしても、右調書記載の営業利益の金額が誤りであつて、真実はそれよりも少額であつたと認めることもできないところである。なお前記認定事実を総合すると、名古屋市が本件建物について改造工法を採用したことは相当であると認められる。

かようにして以上認定の改造工事の規模、程度、本件移転契約のいきさつ等の諸事情を考慮すると、休業期間を四か月と認定したことは不合理とはいえず、かつ他に特段の事情が認められない本件においては、租税制度の本旨にかんがみ、営業補償金は本件移転契約にあたり、名古屋市によつて算出されたとおりの内容の補償金であると認定せざるをえないところというべきである。

してみると、右営業補償金にかかる所得は所得税法二条一項二四号、同法施行令(昭和四八年政令五三号による改正前のもの)八条三号所定の「三年以上の期間の事業所得の補償として受ける補償金に係る所得」とはいえないので、臨時所得に該当しないことは明らかである。そして、本件営業補償金は同令九四条の規定により、事業所得にかかる収入金額とされており、右のとおり臨時所得に当らない以上、本件課税標準、税額算定が被控訴人主張のとおりであることは控訴人の認めるところである。

以上の認定によると、本件更正処分は適法であるというべきである。

三  よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 鹿山春男 伊藤邦晴)

別紙(一)、(二)、(三)、(四) <略>

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